東京高等裁判所 昭和51年(ネ)2565号 判決 1978年2月27日
控訴人 元島守
被控訴人 橋本文喜
主文
原判決を次のとおり変更する。
被控訴人は別紙(一)記載の建物の専有部分に接する北側外壁に存する開口部分について別紙(二)記載の材料及び仕様によつて復旧工事をせよ。
控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じ二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は別紙(一)記載の建物の専有部分に接する外壁の北側及び西側に各一ケ所開口してある部分に設置してある換気装置及びその付属設備を除去し、かつ右除去後の右各開ロ部分について別紙(二)記載の材料及び仕様による復旧工事をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決と仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠関係は、控訴代理人が「本件建物の北側外壁と西側外壁とは構造が異り、北側外壁は耐震壁ではないが、被控訴人のした本件開口は本件建物全体の強度に影響がある。」と述べ、甲第一七号証、一八号証の一ないし三を提出し、当審証人福井恒男の証言、当審における控訴人本人尋問の結果を援用し、被控訴代理人が「請求原因四項(原判決二枚目裏末行4以下、三枚目表七行目まで)の事実は北側開口部分については否認し、西側開口部分については不知。本件開口が本件建物全体の強度に影響があるとの主張は争う。本件北側の開口は、本件建物の構造上の欠陥から通風、換気についての配慮がされていないため、被控訴人が衛生上の理由からやむをえずしたもので、社会的に違法不当と評価されるような行為ではない。」と述べ、当審における被控訴人本人尋問の結果を援用し、甲第一七号証、第一八号証の一ないし三の各成立を認めたほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 本件建物が控訴人の主張のとおりの区分所有の対象となる建物であつて、控訴人が右建物の区分所有者であり、被控訴人が別紙(一)の二記載の専有部分の区分所有者であること及び被控訴人が本件建物(右専有部分)の北側外壁に開口して換気装置を設置したこと並びに本件建物(右専有部分)の西側外壁にも開口部分があつてそこに換気装置が設置されていることは当事者間に争いがない。
二 建物の区分所有等に関する法律五条一項によれば、区分所有者は共同の利益に反する行為をしてはならないとされているのであるが、同条項の立法趣旨からすれば、区分所有者が同条項に違反する行為をした場合には、他の区分所有者は、区分所有権または共用部分の共有権に基づき違反行為者に対し、当該違反行為の停止を求めることができるほか既になされた違反行為によつて生じた共同の利益に反する状態を排除して原状に回復せしめることを請求できるものと解すべきである。そして当該行為が前記規定にいう共同の利益に反する行為にあたるかどうかは、当該行為の必要性の程度、これによつて他の区分所有者が被る不利益の態樣、程度等の諸事情を比較考量して決すべきものである。
そこで、右の見地に立つて本件について判断する。
1 西側外壁の開口部分について
原審における被控訴人本人尋問の結果によつて本件建物の建築にあたり設備関係を担当した日建工業株式会社の保管していた図面であることが認められる乙第三号証、原審証人馬場信行の証言(但し、後記採用しない部分を除く。)、原審並びに当審における被控訴人本人尋問の結果を総合すると、西側外壁の開口部分は、本件専有部分が当初の取得者である被控訴人に引渡されるよりも以前に、オイルタンクの臭気抜きの目的で設けられたものであることが認められる。原審証人馬場信行、同正村孝夫の各証言、原審並びに当審における控訴人本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は前掲各証拠と対比して採用できず、甲第三号証の一も右認定を覆すには足りず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定事実からすると、西側外壁の開口部分の開口は被控訴人のなした違反行為ということができないから、これについてその復旧工事を求めることはできないものといわなければならない。
なお、本件建物の外壁は本件建物の基本的構造部分として前掲法律三条一項所定の法定共用部分に属するものというべきところ、被控訴人が外壁の前記既存開口部分を利用し、換気装置を設置して右外壁部分を使用することは、同法九条の「用法に従う使用」ということができず、したがつて共用部分を自己のために不当に使用しているともいえるわけであるけれども、そのこと自体によつて控訴人その他の区分所有者の利用が妨げられ、あるいは不利益を被つている事実も格別認められないから、右の程度の使用は、社会通念上、共同の利益に反する行為にはあたらないというべきものであり、被控訴人に対しては換気装置等の除去を求めることも許されないものといわなければならない。
2 北側外壁の開口部分について
被控訴人が北側外壁に開口して換気装置を設置したことは前示のとおり被控訴人の認めるところであるが、右開口部分の写真であることにつき争いのない甲第七号証の一、乙第一号証、原審証人七海英夫の証言によつて成立が認められる甲第二号証の一、右証言、原審証人馬場信行の証言、当審証人福井恒男の証言、当審における被控訴人本人尋問の結果を総合すると、北側外壁の構造は控訴人の主張するとおりであつて、被控訴人はこの外壁に直径一五ないし二〇センチメートルの円筒形の開口をし、右開口部分の周囲の壁面を一ないしー・五センチメートル幅に削り取つて木枠を取付け、換気装置を設置したものであり、右外壁は耐震壁ではないけれども、右の程度のものでも開口したままで放置しておいた場合には、壁面強度が弱くなり、延いては建物全体の安全性を弱める結果を招来するおそれがあることが認められ、右認定に反する証拠は存在しない。
右認定事実からすると、右の開口は前掲法五条の例示する「建物の保存に有害な行為」にあたるものというべきであり、しかも原審証人正村孝夫の証言によると、本件建物の排気は、その中央部分に地階から屋上まで貫通しているパイプシヤフトと屋上に設置してあるモーターによつてする構造で、各専有部分の排気は右パイプシヤフトに対してすることとなつており、そのため本件建物の管理組合もたとえ換気の必要からであつても外壁に開口することは許可していないことが認められるから、多少なりとも存する建物の安全性を害する危険をおかしてまで、外壁に開口して換気をはかる程の必要性があるとはいい難く、結局右の開口は共同の利益に反する行為にあたるものであつて、被控訴人は右の開口をしたことによつて、その原状回復義務を負担するに至つたものといわざるをえない。
三 抗弁について判断する。
1 被控訴人は、北側外壁の開口部分について、自ら既に換気装置を除去し、開口部分を閉鎖した旨主張し、右事実は控訴人においてもこれを認めるところである。
そして原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、換気装置及びその付属設備の除去は開口部分の復旧工事をするに支障のない程度になされていることが認められるから、控訴人の本訴請求のうち、換気装置及びその付属設備の除去を求める部分は認容する余地のないものというべきである。
しかし、開口部分の原状回復については、被控訴人のした閉鎖をもつては、いまだその履行が完了したものとは認め難い。
即ち、原審における被控訴人本人尋問の結果によると、右の閉鎖というのは、コンクリートのかけらを入れてコンクリートで固めただけのものであることが認められるところ、当審証人福井恒男の証言によると、右のような方法による閉鎖と前記認定の壁面構造と同一の材料及び仕様によつて可及的に原状に回復した場合とでは、その壁面強度の回復力に格段の差のあることが認められる。
原審証人馬場信行の証言のうち、右認定に反する部分は当審証人福井恒男の前掲証言に対比して採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
したがつて、前記抗弁のうち、開口部分について復旧工事を完了したとの趣旨の部分は採用できず、被控訴人は前記認定の壁面構造と同一の材料及び仕様によつて復旧工事をする義務をなお負担しているものといわなければならない。
2 被控訴人は、また控訴人の本訴請求をもつて権利の濫用であると主張するけれども、以上説示のとおりであつて、右主張の理由のないことは明らかというべきである。
四 よつて、控訴人の本訴請求は、北側外壁の開口部分について復旧工事をすることを求める限度において理由があつて認容すべく、その余は失当であつて棄却すべきものであるから、右と異り控訴人の本訴請求を全部棄却した原判決を主文第二、三項のとおり変更し、仮執行の宣言は不相当と認めて付さないこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 安岡満彦 内藤正久 堂薗守正)
別紙(一)
一 所在 東京都中野区中野五丁目一九九番地一、一九七番地一
構造 鉄筋コンクリート造陸屋根階下三階付一〇階建
床面積 一階 六四八一・七一平方メートル
二階 五七〇六・六四 〃
三階 六〇九一・四七 〃
四階 五六四二・五四 〃
五階 四〇六三・九〇 〃
六階 三一二〇・四六 〃
七階 三一二〇・四六 〃
八階 三一二〇・四六 〃
九階 三一二〇・四六 〃
一〇階 三一二〇・四六 〃
地下一階 七三二〇・二六 〃
〃 二階 二〇四一・六七 〃
〃 三階 三二四三・八五 〃
二1 建物の表示 一に同じ
2 専有部分
家屋番号 中野五丁目一九九番の一の二三六
建物の番号 二二〇号
種類 店舗
構造 鉄筋コンクリート一階建
床面積 二階部分四五・一四平方メートル
別紙(二)
鉄筋コンクリート造壁面工事
(鉄筋の直径九ミリメートル、開口部の周囲にある在来の鉄筋に熔接、鉄筋の間隔は上下に二〇ないし二五センチメートル、横に一五センチメートル、縦横十文字組合せ使用、右鉄筋を中心として、その前後に強度二一〇kg/cmのコンクリートを塗布し、その外部にモルタル刷毛引仕上、リシン吹付をする。)